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「猫を棄てる 父親について語るとき」

 

猫を棄てる 父親について語るとき

猫を棄てる 父親について語るとき

  • 作者:村上 春樹
  • 発売日: 2020/04/23
  • メディア: 単行本
 

   いまタイトルを打っていて「捨てる」ではなく「棄てる」だということに気が付いた。「捨」という字にはあまり熟語用例がなく印象がつかめないが、まあシンプルに「てばなす」という意味だろう。対して「棄」には「みすてる」という意味があり、それを示す熟語もいくつかある。

 

 なぜ猫を「みすてた」のか、理由はわからなくなっているということだが、妊娠のせいかと推測している。妊娠されると本当に困るので、基本メス猫は飼わないということに私の家などでは決まっていたものだが。

 妊娠するのはわかりきっているのに飼って結果みすてるというのは、猫飼い族としてはちょっと素人っぽい。

 もうひとつ別の理由が私には想像できる。その猫があまりに近所迷惑すぎたという可能性だ。鳴き声が昼夜わかたず煩すぎるとか、よそ様で排便等の困惑事を繰り返すなどだ。うちに、そういう猫がいた。

 

 猫をみすててしまう人はいまもいるが、そんなこととてもできないという者とは、おそらく、猫との関係が違う。猫と、人と変わらない親密な気持ちの交流がありうることを知っているか知らないかの違いだ。

 昔の猫の飼い方では、そういうものは知らないですむほうが普通だったと思う。少なくとも大人の世界においては。猫は、人の残飯で餌をやって気が向いたらちょっと撫ぜてやるくらいのものだった。だからこそ、不都合なときは、みすてることも可能だった。猫はたまたまいるだけの奴だった。向こうだって、オス猫の場合だが、時がくればどこかに旅立ってしまうのだったし。

 メスは飼わないなんて、ひどいと今の人は思うかもしれないが、彼女たちはたくましく、なんとかかんとかどこかで出産していた。生まれた子は人が保護するわけではないのですべてが成長はできなかっただろう。だからまあ、そんなに破滅的に猫が増えるということもなかったのだ。

 今は猫と人との関係が変わった。猫は保護されるべきで、増えすぎることは人口処理で避けていくという関係。すべての猫が食べ物と安心できる寝床を得られるようになって欲しいと、私も昔若い頃ずっとそう思っていた。で、いろいろ難しい問題はありつつも、今の世の中ではその努力がなされている。

 でも、どうんだろうなあ、と、このごろちょっと考えてしまう。昔はよかったじゃあないが、今がそんなによいとも、正直思えない。

 

 なお本書ははっきり言って猫のことではなく父親のことが主要テーマだと思うが、すっかり猫本としての位置をマイ本棚では確保している。