猫棚

猫本などの整理整頓

猫と一茶 

 

猫と一茶 ふたたび

猫と一茶 ふたたび

  • 発売日: 2014/07/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

  長野県の一茶記念館が編集した、猫写真に一茶の句がついている本なのだが、一茶はともかく、写真がいい。ほんわかかわいいものより、どちらかというとクールだったりワイルドだったりに写っているのが多い猫たち。自然体スナップだ。

 

  俳句について思ったのは、「恋猫」という言葉が多いなということ。恋猫恋猫って、ちょっとうるさいよ。春の季語らしいが、ほんとは猫たちの騒ぎは冬だし、どっちにしても別に恋ばっかりしているのでもないし。そもそもいちばん多くの時を費やすのは睡眠だし。

 

猫と一茶

猫と一茶

  • 発売日: 2013/04/24
  • メディア: 単行本
 

 

バルチュス少年の猫絵

ミツ―バルテュスによる四十枚の絵

 

現在、河出書房新社から出版されているようだが、

うちのは泰流社の発売で風信社発行の1986年の版だ。

価格その他の詳細はサイズ及び色により異なる場合があります。

とのことで、いろいろあるのかな。

このちんまり座っているミツ表紙は外箱。

本体はブルー表紙で、

ミツはテーブルのものをぶっ倒してとんでくところだ。

 

バルチュス少年時代の絵だけれど、

猫とてもよく観ているなあと思う。

 

この本の解説にある1984年京都バルチュス展ではじめてバルチュスを知った。

その日、会場に行ったのはピサロ展を見るためだったのだが、

仕切りの隙間から見える変わった絵に「え、なにあれ?」となって、

ピサロはそこそこに、そちらに移動していた。

その時のピサロ展がいかにもピサロなもののオンパレードで、

あまり面白くなかったせいもある。

 

でバルチュスの独自世界にその後とても関心をもったけれど、

しかし好きかきらいかというと、今はあんまり好きではない。

とはいえ猫の登場する画家なので、どうも仕方がない。

そして、この本の、猫との生活、猫への思いは、やはり心に迫りくる。

 

ミツ バルテュスによる四十枚の絵

ミツ バルテュスによる四十枚の絵

 

 

 

 

 

評価のわかれる猫本

ねこを写せば心が映る

 写真に対する評価はともかく、文章の内容にちょっと人気がない本。ねこに関する話題の部分は、しっかりねこ好きな写真家でいいのだが、他のよけいなことを書いた部分がちょっとつき合いにくい。私も実は、猫写真があるページだけちぎって置いているのだ。文章だけの部分は捨ててしまったので具体的にどんな内容だったか忘れてしまったが、ちぎって捨てたいくらいな感じだったのだろう。

 でも撮影対象の猫世界がほんとにいい。猫の楽園ねこ露地、観音橋ねこ村、イマはなき自由できままなねこ空間。95年出版の本なので90年代にはまだまだこんな世界があったんだな、そうだなあ、と、いま思いださせる。

 「駄ねこ」ばかりの駐車場というスポットもある。色も柄もどうってことない猫のことを駄ねこっていう言葉があったなそういえば。筆者は毛並みや柄でねこを見るのは家柄などで人間を判断するのと同じ愚かなことと書いている。そのとおり。けれど、ふと、ああそうか90年代にはまだ、家柄で人間を判断するのは愚かだという考え方が世の中に生きていたのだったな、などと思ってしまった。

 家柄 学歴 財産 地位 外見 などで人を判断することにほとんど躊躇がない世の中になったのは、バブル崩壊が過ぎ、さあここからは戻っていくはずよくなるはず、と思ったら全然戻らないよくならない悪くなる、という時の流れの中でのことだ。だけどその中で、たとえば猫保護のような「やさしさ(たぶん)」は育っていたりするのは、どういう関係なのだろう。つまり世の中がひどすぎるからだろうか。

 

 

ノラや

ノラや (中公文庫)

気がつくと「ノラや」の文庫を3冊持っていた

いちばん最初からあるのは中公だが、この表紙ではない

ああいやこれも持ってたワ 字が大きくて読みよくなってる

たぶんこの表紙写真で買ったんだろう カヴァー買い

もう一冊の中公は斎藤清のイラストで

百閒先生とたぶんノラが庭を眺めている昭和55年刊

もちろん こちらで読んだんだ もともと

そしてまたもう一冊はちくま文庫

少し中身が違う

ノラや―内田百けん集成〈9〉  ちくま文庫

ノラや―内田百けん集成〈9〉 ちくま文庫

 

 

 

タマ、帰っておいで

タマ、帰っておいで

横尾忠則 天に召された愛猫タマへのレクイエム

同じ猫好きとしては つよく胸詰まる思いがするので

平成の「ノラや」だといってよい気がする本

でもノラはいなくなってしまったのだけれど

タマは横尾さんの元で静かに逝ったのだから

きっととても幸せだと思う お互い

 

横尾忠則 こういう つよく愛するものを描くと

情感の深いイイ絵を描く人なんだなあと思う

その線?でいけばもっと画家的に成功しそうなのに

なんだか「アート」だ!で実験しがちなんだ

(商業芸術によって世界的にも有名な人だが

画家としてはそう成功していないように思うのだ)

Y字路 いつまでたってもよくわからんわ

あ でも

「タマのいるY字路」ていう絵もあるわ

なんでやねん?という印象だけどちょっと

 

 

京都西陣 町家に暮らす16匹の猫たち

京都西陣 町家に暮らす16匹の猫たち

 

kindleunlimitedで覗いてみた

なんでこんなに猫がいる?と思ったら猫カフェだった

ツイッターを見ると

オーナーの体調とかコロナのせいで閉店となっっているらしい

猫たちはたぶんマンションの部屋にいて

狭そうだけど大事にはされているようだ

 

ブランド猫が目立って正直に言って違和感がつよいけれど

ブランド猫に生まれた子が悪いわけではもちろんないので

猫たちのために頑張て欲しい

 

 

 

「いとしのチー公へ」小林カツ代

 

  もっと長く活躍していて欲しかった、いまは亡き人気料理研究家小林カツ代の、いきものたちとの交流を語るエッセイ集。この人の1990年頃のまだ地味装丁だった料理本で、ものぐさ料理パスな人だった私は、料理好きに変身した。

 で、この「いとしのチー公へ」は1999年の本。小林カツ代でスタートした料理研究家ブームもたけなわとなっていた頃だ。タイトルは新婚時代に出会ったとても賢いチー公の思い出エッセイから。チー公はカツ代さんが見つけた手のひらにのるくらいの子猫だったが、なんとちょっとの隙に隣のばあさんが捨ててきてしまう。

 なんてばばあだ!!と叫んでしまうが、そんな人は昔よくいたし、たぶん今もよくいるんだろう。猫が好きとか嫌いとかではなくて、ネズミとおなじようなものなのかもしれない彼らには(ああネズミを飼う人もいる。するとネズミもやたら捨ててはいけないだろうか、でもしかしネズミはちょっと、これ、問題が難しいな)

 他にも猫の話題がいくつかある。気になるのは、”トルコの幸せなハトとねこ”というのだ。トルコに行くとハトのフンを人々はあたりまえのものとしていて嫌がらないし、ねこはみんな人をこわがらずにのほほんとしている。その様子を見て、日本は?と思う話。

 そういえば「世界ねこ歩き」をみていても、たいていのよその国の街猫は人をこわがらずにのんびり散歩しているみたいだ。日本ではどうして猫はこそこそしていて、いつも急いで逃げるんだろう。

 

 なお、チー公は無事に小林さんちの猫となる。よかった。